★Torrubiella sp. (ハゴロモツブタケ)

■ 2022年08月11日 撮影

ここ、実はとある個人宅の庭のツバキの幹です。 地上生や材上生ならともかく、家の庭に気生型冬虫夏草が出るってのはどう言う湿度環境なんですかね? アオバハゴロモを宿主とする全国的にも発見例が極めて少ない「羽衣粒茸」です。 以前お邪魔した際に枝に不自然な死に方をした宿主を見付け、それ以降定期的にお邪魔していました。 しかし2017年の初発見以降一度も子嚢殻が確認できず、半ば諦めかけていました。 それが5年経って突如現れるとは・・・衝撃的な出会いとなりました。

実はアオバハゴロモから発生する子嚢殻を欠いた状態の冬虫夏草は全国的にそこそこ見付かっています。 その状態は菌糸の色や顕微鏡観察の結果からOphiocordyceps属と判断して当サイトに不明種として掲載しています。 ですがこの和名としては現在は事実上存在しない旧Torrubiella属としてしか紹介できません。 今回採取した標本は分子系統解析される予定なので、本当の属は今後分かるかも知れませんね。 なお古くなった本種の子実体にはPseudogibelulla属菌が重複寄生することを確認しています。 この属の冬虫夏草自体が国内では相当珍しいんですけどね。レアの宝庫ですよコイツ。


■ 2022年08月11日 撮影

毎年お邪魔して確認しては「やっぱ子嚢殻は無いか・・・」と肩を落として帰っていたので、 肉眼でも子嚢殻が確認できた時は「ま」と「ぱ」の中間みたいな変な声が出たのを覚えています。 しかしこの日はお家の方が外出していて夕方が戻らないので夕方に再訪問しました。 朝イチでの発見だったので、半日で帰宅する計画は完全に崩壊しました。


■ 2022年08月11日 撮影

信じられなくて一応ルーペでも確認し、スッと居直って「出来てる・・・」と独り言。ギャグみたいでした。 宿主を覆っていた薄紫色の菌糸は肌色になっており、その表面に赤っぽい子嚢殻がまばらに形成されます。 ネット上で見られるハゴロモ生の冬虫夏草はフタイロスカシツブタケやアリノミジンツブタケのような 暗色の子嚢殻を裸生させるタイプの重複寄生菌ばかりで、冬虫夏草生態図鑑本来の姿とは程遠いものばかり。 その憧れの姿が目の前にある!どれだけテンションが上ったことか・・・。

1日中フィールドを駆け巡って夕方にお宅を再訪問。 以前から「声かけてくれたら多少傷付けても良いよ」とは仰っていたので、樹皮を剥ぐために薄刃のノコギリを途中で買ったのですが、 ご家族全員から「貴重なものなら枝ごと切って良いよ」とのお言葉を頂くことができました。 知り合いとは言えこんなワケの分からないことに自宅の植木を切る許可を下さったことに心から感謝いたします。


■ 2022年08月11日 撮影

土地の所有者様のご厚意により枝ごと採取することができ、詳細な観察ができました。 と言うか枝ごと取れなければその後の胞子観察の成功も危なかったかも知れません。


■ 2022年08月11日 撮影

それは本格的に解説開始。宿主は日常でも良く見かけるアオバハゴロモ。 ただし宿主となってすぐに美しい青緑色は脱色し、見付ける頃には色褪せて黄土色になっています。 菌糸は肌色で宿主を部分的に覆い、特に宿主と枝の隙間は完全に埋まって菌糸は枝にまで広がります。 そして菌糸が覆った部分のところどころに特徴的な子嚢殻を形成します。


■ 2022年08月11日 撮影

これです!この子嚢殻こそ生態図鑑を見た時から見てみたいと思っていた本種の姿ですよ! 国内でテレオモルフが確認されたのは、把握できている限りでは昆虫愛好家発見の未発表3例を除けば 発見者の小西思演氏のみと言うほどの発見例の少なさなんです。 昆虫愛好家発見分についても冬虫夏草としての検討がなされておらず、不明種扱いになっていると聞いています。


■ 2022年08月11日 撮影

子嚢殻は記録だと裸生とされていますが、実際にはかなり菌糸に埋もれて半裸生〜埋生に見えます。 実際に顕微鏡で子嚢殻を観察してみましたが、大部分が子実体に埋もれていることが分かりました。 子嚢殻は赤褐色で肉眼でも赤さが分かるほど大型。 ただ子嚢殻が露出しているのは先端だけで、大半がやや色濃くなった菌糸に覆われています。 この雰囲気は他の冬虫夏草ではあまり見ない雰囲気な気がします。


■ 2022年08月11日 撮影

今回はサンプルを然るべき研究機関にお渡しする予定でしたが、それでも家庭環境で可能な限り観察したかった。 なので勿体無いなどと言っている場合ではないので子嚢殻を採取して顕微鏡観察しました。 普段なら気泡が抜けるまでカバーガラスをパカパカしてから撮影するんですが、 サンプルに限りがあるのでこのまま撮影しました。


■ 2022年08月11日 撮影

子嚢殻は文献を見ると505〜570μmとありますが、今回見たものはどれも短いです。 我が家で観察したものだと420〜480μmでした。 ただこれは後述しますが未熟だっただけで、サンプル送付前の状態だとより子嚢殻が突出しており、 子嚢が約100μmほど伸びていたため、本来であれば500μmを超えるだろうなと言うのは納得できました。 コレ以上の情報はサンプル提供先でしっかり調べて頂きたいですね。


■ 2022年08月11日 撮影

子嚢殻を潰した際に子嚢が飛び出して来たので撮影してみました。


■ 2022年08月11日 撮影

子嚢を切り出して撮影してみると、長さは200μm強で図鑑の表記より100μmほど少ないです。 これは後に未熟だったと判明しました。


■ 2022年08月11日 撮影

油浸対物レンズで子嚢先端の肥厚部を撮影してみました。 コレを見ると「ああやっぱり冬虫夏草なんだな」と実感できますね。 見ての通り子嚢内部に胞子が見えないので、やはり子嚢殻全体がまだ未熟だったようです。 これ以上子嚢殻を潰すわけにはいかないので、子嚢殻の採取はこれっきりにして追培養に移行しました。


■ 2022年08月14日 撮影

数日が経ち、これ以上我が家の環境で追培養を行うと常在菌に負けるタイムリミットと判断。 カビが発生する兆しを感じ、これ以上は待てないということで発送準備の前の最後の顕微鏡観察を行いました。 胞子の自然放出は無かったので、子嚢先端から吹き出した子嚢を針先に付けた水滴で絡め取りました。 すると今回の子嚢は300μm超えで内部には胞子がみっちり詰まっていました。 子嚢が+100μmと言うことは当然子嚢殻も同程度伸びていると想定されるので、それなら500μm超えで文献通りです。


■ 2022年08月14日 撮影

子嚢先端を観察してみると詰まった胞子の先端が見えます。 先端の弾丸型二次胞子がハッキリ確認できました。


■ 2022年08月14日 撮影

もうコレが撮影できたなら文句無しでしょう。1本だけですが子嚢胞子の撮影に成功しました。 無理やり採取したので完璧な状態ではなかったので、部分的に写真加工して接いでいますが、 流石にそこはご勘弁願いたいです。でも糸状128個の二次胞子に分裂することが確認できた時点で大勝利! 長さは330μmで文献の290〜370μmの範囲内ですが、かなり二次胞子に分裂しやすいようで細胞間の隙間による差が大きいです。 実際には未熟なほど細胞間の隙間が詰まって短くなっていると思われます。


■ 2022年08月14日 撮影

二次胞子もしっかり撮影できましたよ。 長さは2.5〜3.0μmのものが多く、両端にある弾丸型の二次胞子はさらに0.5μmほど長いです。 実はこれを見てとある冬虫夏草のスペシャリストに気になったことをお聞きしたのですが、 その予想は大当たり。オフレコのため公表はできませんが、驚きの結果でしたね。

食わないで下さい。どれだけ貴重な冬虫夏草だと思ってるんですか? 食おうなんてそんな不届きなことできませんよ!見付けたら情報発信を! サンプルはまだまだ足りません。貴方のサンプル提供を研究者さんは待っています。


■ 2022年08月11日 撮影

と言うことで胞子写真が最後だとちょっと締まらないので、別角度から撮影した黒バック撮影写真を置いておきます。 標本は無事に研究者さんの元に届いたとのことで一安心。 シャーレの中に入れて家に置いている時は気が気じゃありませんでした。 この標本から何か新しい事実が判明することを祈ります。 あと今回学んだ教訓があります。それは「生サンプルでの観察は大事」です。


■ 2022年08月21日 撮影

ここからは後日談。10日が経ち、サンプル提供のお礼にお邪魔し、お家の方と残った1個体を見ながらお話。 標本は然るべき方の手に渡った旨をご報告しました。 すると「これもそうじゃない?」と指差す先には昨年発生したと思われる老成した子実体が。 改めて凄い環境だなと思わされました。ずっとこのツバキにはここに居てもらいたいですね。
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